龍野城

別名 朝霞城
    台山城
付近住所 たつの市龍野町上霞城128-3 現在−
碑・案内板アリ 日本城郭大系


石川光元→

大多喜藩より
本多政朝
姫路藩


小笠原長次
中津藩へ

大垣藩より
岡部宣勝
高槻藩へ

天領

松江藩より
京極高和
丸亀藩へ

飯田藩へ
脇坂安政→
脇坂安照→
脇坂安清→
脇坂安興→
脇坂安弘→
脇坂安実→
脇坂安親→
脇坂安董→
脇坂安宅→
脇坂安斐 
龍野城は今から500年はど前(室町時代明応の末期)鶏籠山山頂に築かれたもので、初代城主は赤松村秀でありました。以後赤松時代は4代つづきましたが、天正5年(1577)に信長の命による秀吉の播州征伐の軍門に降り開城しました。その後慶長初年に山頂にあった天守が破却されたという言い伝えがあります。江戸時代に入ると龍野城は現在地に平山城として築かれましたが、万治元年京極高和の丸亀城移転にさいして破却され、その後14年間は天領となっていました。寛文12年(1672)幕命によって信州飯田から脇坂安政が5万3千石で入部し龍野城を再建しましたが、時代は既に太平の世でもあり、また外様大名でもあったので幕府の嫌忌に触れることを恐れ御殿式の築城に決したといわれ、その為城郭というよりも武装化した邸宅と考えていただければよいと思います。現在の本丸御殿は、昭和54年に再建したものですが、再建にあたっては当時を偲ぶ貴重な資料や現在残る数点の古図に基づき再建したものです。

        
   

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